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海外子会社の内部統制

By Kyriba Japan
Business Development, Kyriba Japan

1. 現状・内部統制の脆弱性

1.1. 後を絶たない不正

海外子会社の内部統制に関して、不正行為は後を絶たず過去の新聞記事から企業不正を検索すると直近から数多くの事例がヒットします。1か月間で4、5社の不正事例が報道されている時もあります。

大手企業での主な不正事例を挙げるだけでも相当の紙幅を費やしてしまいますので、財務不正の点で特徴的なケースを1件挙げます。日本を代表する電機メーカーA社の子会社B社の経理部財務マネージャーが、8年以上に亘って着服を繰り返し、被害総額が15億円以上に上ったということが発覚しました(2014年)。不正の手口は、現金の抜き取り、小切手の不正、ファームバンキングの悪用など多様でした。隠蔽の手口は、銀行残高証明書、現金出納帳、印章請求簿などの偽造・改ざんと不正仕訳で、動機はギャンブルによる借金でした。結果として、そのB社の社長と常務が辞任し、A社の社長と常務が3か月の減俸処分となりました。

この不正事例のポイントは、

  • 十分な内部統制を構築してきたはずの最大手メーカーでも起きました。
  • 8 年以上の長期に亘って着服が継続していました。
  • 多くの日本企業が利用しているファームバンキングも悪用されました。
  • 証憑として信用度が高いとされる銀行残高証明書などが偽造・改ざんされました。

特に、次の 2 点は、多くの事例でよく見られる特徴です。

①いまだに残高証明書等の書面が改ざんされること
②発覚まで5年、10年等長期に亘って不正が繰り返されていること

不正の額と影響範囲も大きくなっていることも指摘できそうです。2015 年に住宅資材・住設機器メーカーC社で起きた買収先の子会社D社(メーカー持ち株会社から見るとひ孫会社)の不正では、連結子会社にしてから2週間後に不正が発覚し、翌月には D 社について債務超過による破産の申し立てが行われ、その2か月後には破産しました。C 社は D 社の借入金に関する債務保証が 330 億円、D 社株式の毀損が 300 億円、計 630 億円の損失となりました。

東京商工リサーチによれば、2015 年度の不適切な会計・経理を開示した上場企業は過去最多の58社で、着服や利益水増しなどの粉飾が6割以上を占めたとあります。発生当事者別では子会社・関係会社が 26 社(45%)で、ほぼ半数となっています。市場別では東証1部が 29 社と半分を占めています*。

* 「不適切会計・経理の上場企業、過去最多の 58 社 15 年度」『日本経済新聞』2016 年 4 月 14 日。

不正は遅くとも古代ギリシャのオリンピックからあり、古代ローマ帝国になると、皇帝アントニヌスが「自省録」で不正について哲学的に思索しているくらいですから、既にかなり横行していたのでしょう。仮に人間の性として不正を完全になくすことはできないとしても、現代では一つの企業に無数のステークホルダーが国内外にいます。不正に適切に取り組み、企業価値を守らなければなりません。

1.2. 改正会社法の要請

2015年5月に施行された改正会社法により、国内外の子会社も含めた内部統制システムの整備とその運用状況の報告が義務付けられ、親会社の子会社に対する統制強化がより強く求められるようになりました。取締役は会社に対して善管注意義務と忠実義務を負います。その任務を怠って会社に損害を与えた時は、これを賠償する責任を負います。実際に、子会社に対する親会社取締役の責任が認められた判例では、「その正確な原因の究明は困難でなかったことは、その取引実態に起因する前記徴表等から明らかであった。」と判決にあります*。

* 新日本有限責任監査法人編(2014年)『不正リスクへの対応実務』中央経済社、48ページ。「完全子会社に対する融資等に係る親会社取締役の責任が認められた事例」福岡高裁判 平成24年4月13日 TKC ローライブラリー 新・判例解説 Watch 商法 No.51 2012年10月26日掲載。この判決が出た時点では会社法の改正前で、この判決が親会社取締役の子会社の監視義務を肯定したとする見方と、その点は留保する見方とがあるようですが、ここでポイントとしたいのは、子会社を監督していたと主張しても、不十分な監督であったと見做され責任を認定されることも実際にあるということです。

これはあくまでひとつの判例であって、実際は訴訟になるか、訴訟になったときに何が争点になるかによりますが、少なくとも、利用可能なソリューションを適切に活用し、“やれることは全部やっていた、任務懈怠ではない”と主張できるようにしておくことが必要です。

1.3. 不正の種類

公認不正検査士協会(ACFE)の定義によれば、不正には、汚職、資産の不正流用、財務諸表不正の3種類があります。本項ではトレジャリーの側面から、「資産の不正流用」のうちの「現金預金」の不正が対象となります。

(図 1) 不正の体系図 (Fraud Tree) (体系図の上位のみ引用)。
海外子会社の内部統制
(出典)「職業上の不正と濫用に関する国民への報告書 2014 年度(日本語訳)」ACFE 日本公認不正検査士協会。

① ブラックボックス化
その子会社や担当者個人の業務内容が、他者や本社に見えなくなっている状態です。

TMS 等の統制下にあるシステムではなく、スプレッドシートを使って支払や借入の管理をしたり、本社に報告したりしている企業は多いでしょう。多くの場合、そのスプレッドシートには計算や集計のマクロが組み込まれていて、そのマクロを作った本人がそのスプレッドシートを使って業務を行っています。そのマクロの中身(計算や集計のロジック)は作成者以外にはまずわかりません。

小規模拠点では業務ローテーションが長年行われていないこともあるでしょう。ローテーションしようにも適切な人材がいない場合が多いのです。

また、特に欧米で買収した子会社などでよく見られるケースとして、子会社の財務担当者の方が本社よりもトレジャリーに関する経験や知識が豊富で、本社の担当者が理解できない、または子会社の担当者が本社を軽んじ適切に説明しようとしない、などのことが起き、本社が把握しきれないこともあるでしょう。

② 例外取引・例外フロー
日常的な取引や業務について、主要なものについては統制のとれたプロセスが構築されていても、頻度の少ない取引や例外的な処理についてはそうではないことが多いでしょう。過去の不正の事例を見ても、例外的な時間帯や例外的な送金指示方法等、「例外的な」要素が入ることが多いです。そもそも例外処理については、内部統制の基準においても「内部統制の限界」の一つに挙げられているものです[*]

* 内部統制の基準「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準のあり方について(平成 17 年 12 月 8 日、企業会計審議会内部統制部会)では、4 つの内部統制の限界が挙げられており、その一つに「内部統制は、当初想定していなかった組織内外の環境の変化や非定型的取引等には、必ずしも対応しない場合がある。」とあります。

③ 新規事業・M&A・ノンコア事業・異業種
会社を買収したときは、システム連携に時間がかかり、本社の管理プロセスに則った管理ができるまでに1年以上かかることも珍しくありません。また「ブラックボックス」の項で触れたように、特に海外企業を買収したときには、その傾向は顕著でしょう。

事業多角化の一環として、新しい事業に乗り出したときには、その事業特有の商流や回収リスクなどについて本社の財務部門に知識がなく、モニタリングが効かないこともあります。

④ 遠隔地・海外
今ではどんな遠隔地でも電子メールにより時差を超えてコミュニケーションをとることができます。直接会話が必要であればウェブ会議システム等により、現地に赴かなくても十分なコミュニケーションをとれるようになりました。とはいえ、実際に相手の目の前に座り表情の機微がわかるような状況での会話には劣ることは、否定できないでしょう。例えば、「現地に行って話していると、何か隠しているな、と思うことはある」といった話は実際によく聞きます。また、海外拠点の数が増え、内部監査で往査に行く間隔が 3 年に 1 回となったりすると、その間の2年間に不正が行われたりしているようです。インターネットの時代とはいえ、「距離」「海外」という要素は軽視できません。

⑤ 子会社、孫会社
最近の不正事例の多くは子会社で起きています。子会社も同様に距離があります。孫会社に至ってはさらに目が行き届きにくくなります。冒頭で紹介したように、不適切な会計・経理の 45% は子会社・関連会社で起きています。電機メーカーA社の事例は子会社まで統制を徹底させることの難しさを物語っていると思われます。

⑥ 心理的なプレッシャー・遠慮
統制の仕組みはあるものの、心理的な面で遠慮したり、追及や指示が弱くなってしまうケースです。子会社の社長が元上司であるとか、オーナー企業を買収したケースでオーナーの権限や発言力が依然として強く残っているケースなどでしょう。とくにオーナーの場合、住宅資材・住設機器メーカーD社の不正が顕著な例です。同社の調査報告書によれば、不正を起こしたD社のオーナーは従業員、顧客、仕入先、現地政府機関との関係を完全に掌握して独立性が強いうえに、情報開示に抵抗していたとあります。

また、「ブラックボックス」の項で述べた、子会社の財務担当者の方が知識や経験も豊富な場合、いきおい監督や指導は遠慮がちになることもあるでしょう。

3. 不正のトライアングル

不正が起きる仕組みとして「不正のトライアングル」と呼ばれるものが広く知られています。これは、米国の犯罪学者であるクレッシーが実際の犯罪者を調査して導き出した理論をベースとしたフレームワークです。ここでは、①機会、②動機、③正当化という3つの不正リスク(「不正リスクの 3 要素」)がすべてそろった時に不正が発生すると考えられています

動機:不正行為を実行する心的原因やきっかけのことです。“多額の借金を抱えている”、“ノルマを達成したい”などが代表的な動機でしょう。機会:不正行為を行おうとすれば実行できる環境のことです。“誰も見ていない”、“誰もわからない”といった状況のことです。正当化:不正行為を正当化したいと考える主観的な事情のことです。不正行為を思いとどまらせる倫理観や順法精神が働かない状態です。“いつかは返すつもりだ”、“同じ日本人なのに現地採用の自分は駐在員よりも給料が安いから、これくらいしてもいいはずだ”“みんなやっている”というようなものです。

(図 2) 不正のトライアングル
海外子会社の内部統制

(注)クレッシーの仮説は、ACFE (Association of Certified Fraud Examiners)(公認不正検査士協会)のウェブサイトに引用されているものを筆者が意訳しました。

不正をなくすには、この不正のトライアングルを断ち切ることであって、人事制度など様々な要素も含めて幅広く対応をしなければなりません。クラウドTMSという財務管理ソリューションの立場で言えば、仕組みの問題である不正の「機会」をなくすことで、不正のトライアングルが成り立たない状態を目指します。

4. クラウドTMSによる不正対応

日本企業が近年海外進出を積極的に進めていることは改めて言うまでもありませんが、2015年時点で、日本企業の海外現地法人は 29,000 社超となり、10 年前の 1.4 倍となっています。駐在員 1 人に対して、海外現法従業員数は 109 人となる計算です [*]。この拡大に比例して管理部門が増えていない、または今後増やせないのであれば、IT に頼らざるを得ません。それはクラウド TMS が有力な候補となります。

* 「海外進出企業総覧」(東洋経済新報社)の 2016 年版と 2006 年版から集計

クラウド TMS を用いて以下のように内部統制の脆弱性を補ったうえで、不正の機会をなくす統制の仕掛けを構築して不正のトライアングルを破壊し、不正をなくすことを目指します。

4.1. 内部統制の脆弱性を補う

内部統制の脆弱性それぞれに対しては、クラウドの TMS により以下のようにカバーすることができます。

① ブラックボックス化
TMSには全銀行口座が登録され、支払や財務取引の職務権限もすべて設定され、本社が全世界の子会社の口座や権限について完全に把握できます。そして銀行取引は 1 件ずつ、銀行通帳の 1 行の単位で、新興国も含めて前日までの取引がすべて本社で照会できます。

② 例外取引・例外フロー
クラウドの柔軟性によって例外取引・例外フローも対応し、証跡を残すことができます。ワークフローは簡単な設定で定義できますので、例外取引があっても TMS の中で承認をとって取引させることができます。従来のソリューションのように、システム対応が間に合わないからオフラインで対応するということはなくなります。

③ 新規事業・M&A・ノンコア事業・異業種
クラウド型 TMS の特長の一つは短期間で導入できることと、一部の拠点、一部の銀行から始めるといったスモールスタートをしやすいということです。可視化だけであれば、1,2か月で可能です。この特長により、買収先をDAY1から可視化したり、内部統制プロセスが相対的に弱い拠点や事業にクラウド TMS を入れて可視化することが可能です。

④ 遠隔地・海外
クラウドの TMS では、全取引、全ルールが一つのデータベースに入ります。従来のソリューションのような、一旦子会社のシステムに入れてからエクスポートして、本社のシステムにインポートするのではありません。グローバルで最初から一つにデータベースに権限情報や取引データが入ります。したがって、距離や時差は関係ありません。子会社によるデータの改ざんリスクもありません。さらに異なるコード体系をマッピングする機能により、言語の問題も解決します。

⑤ 子会社、孫会社
「④遠隔地・海外」と同じことが言えます。加えてクラウド型 TMS では本社は子会社や孫会社と同じ画面やレポートを共有し、自由に数分で画面の設定を変えたりできます。子会社と対話するときには、一緒に同じ画面を見ながらその場で相手の主張や理解度にあわせてグラフや表を変えたり、データを照会して、意思の疎通を確かなものにし、合意形成を図ることができます。

⑥ 心理的なプレッシャー・遠慮
本社が随時子会社のデータを握ることができる点がクラウド型TMSの最も大きなメリットでしょう。今まではデータがないため子会社の主張に反論できなかったとしても、事前に証拠やデータを握って、反論させない、内部監査の往査の質を高めるといったことが期待できます。

4.2. 不正のトライアングルを断ち切る

内部統制の仕掛けは、「予防的統制」と「発見的統制」と二つあります。

予防的統制:「所定の内部統制からの逸脱を防止する統制活動」[*]。要するに業務が完了する前に実行される統制です。不正やミスを未然に防ぐことを意図しています。発見的統制:「当該逸脱を発見し修正する統制活動」[*]。要するに取引や業務が終わってから不正やミスを発見して対応します。事後の対応になりますから、迅速に発見できるようにすることが極めて重要です。

* 日本公認会計士協会 監査基準委員会報告書第20号(中間報告)(2002年)『統制リスクの評価』

クラウド TMS を使った予防的統制と発見的統制の仕組みはそれぞれ以下のようなものがあります。

財務業務規程

業務権限の制限
・業務の制限
・データの制限

業務の固定
・業務テンプレート
・メニューマップ
・承認ルール
・ワークフロー

モニタリング(ホワイトボックス)
・取引
・ユーザー操作
・業務やマスターの追加・変更

CAAT(ブラックボックス)
財務取引実行プロセス
直接・自動化・統合支払機能
モニタリング

以下で、それぞれの内容を簡単に説明します。

4.2.1. 予防的統制

(1) 業務権限の制限
ユーザー又はユーザーグループごとに利用できる機能とアクセスできるデータを制限します。これによって行える業務と参照できるデータを制限します。

① 業務の制限
自分が行えない業務はその機能がメニューには表示されません。入力はできるが更新はできない等、メニューの機能ごとに権限を設定します。
スプレッドシートでは、とてもここまで細かくコントロールはできません。

(図 3) 支払業務権限設定の例
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② データの制限
他の子会社のデータなど、その担当者の管轄外のデータを見えないようにします。自分が参照できないデータは、最初から選択できませんし、全社共有の画面やレポートを開けても表示されません。 スプレッドシートでは、シートごとにパスワードを設けるか、シートを保存するフォルダを分ければデータの制限は可能ですが、実務上非常に煩雑になり、すぐに形骸化して守られなくなったりするものです。

(図 4) データのアクセス制限の例。会社、口座といったデータのタイプと業務を組み合わせて、参照可否を設定
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(2) 業務の固定
業務をテンプレート化し、担当外や権限外の業務はそもそも担当者の画面に表示させないようにします。機能とデータの制限とくみあわせて、担当外や権限外の業務の実行を阻止します。さらにメニュー画面を標準化して、担当外の業務をさせず、オペレーションミスも起こさないようにします。そして承認ルールとワークフローを設定し、全世界の申請・承認内容を見えるようにして、かつ電子的に証跡を残します。

① 業務テンプレート
業務テンプレートとは、入力・参照・更新業務を“固定”させ、必要最低限のデータ入力と操作だけで業務を完結できるようにすることです。

照会業務を例にすると、一般的なシステムであれば、取引の種類、対象の会社や口座など、取引の内容を選択して照会します。これをあらかじめ設定して、担当者に条件を選択させず、「○○の照会」という具合に名前をつけて業務テンプレートとするものです。担当者が照会するときにはこのテンプレートを選択させて、他の照会をさせないようにします。もちろん、データ権限を適切に設定していれば、その担当者には見えないのですが、権限の設定漏れを防ぎ、他も見てみようという気持ちを起こさせないようにするのが狙いです。

このテンプレートの作成、修正は数分でできますので、低頻度や例外的な取引などに臨機応変に対応できます。

(図5)照会業務のテンプレート化の例。ここでは承認待ちの支払一覧を照会するときの範囲を固定させています。振込種類、仕向銀行、口座、会社、金額等で細かく限定させることができます

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② メニューマップ

その担当者が行う業務だけを順番に行えるようにしたものです。業務のトップメニューに業務アイコンが並び、左から右に、又は上から下へ順番に実行していけばよいようになっていて、業務を標準化してミスを防止するとともに、管轄外の業務を行わせないようにする仕掛けです。

(図6)メニューマップの例。それぞれのアイコンには機能や業務テンプレートを割り当てることができますので、担当者ごとにメニューを変え、その担当者の業務に専念させます。

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③ 承認ルール

とくに横領が起こりうる支払業務については、承認のルールを設定します。一般的には仕入先への支払であれば、送金額がいくらまでは課長承認、いくらまでは部長承認、というように、支払の種類と支払額に応じたルールを設定します。クラウドの特長のひとつは、きめ細かく各担当者の支払業務を制限できることにあります。例えば支払であれば、支払の種類と金額に加えて、銀行や口座、支払元会社、その他の承認にかかるオプションを設定して、取引の内容に応じた権限設定を行うことができます。

(図7)承認ルールの例

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現実には多様な取引がありますから、あまり細かくルールを設定すると、例外処理が増えて、却って統制がとれなくなるのではないかという懸念もあるかもしれません。クラウドのソリューションであれば、このような設定は数分でできますので、低頻度の取引でも容易にテンプレート化できます。また仮にテンプレート化しなくてもクラウドのTMSの中で支払の承認を行えば証跡が残りますので、数段のチェックポイントを設けることで統制を維持できます。

④ワークフロー

最後に各ルールや権限をつなげてワークフローにします。たとえば支払権限を全世界で一覧にして確認することは大変有効でしょう。世界で何名の担当者がそれぞれいくらまでの支払承認権限があるのか一目瞭然です。同じような規模の会社でも支払権限者が多い会社と少ない会社があったりします。特定の口座、特定の送金目的の権限しかない人、国内送金・海外送金ともにすべての権限を持っている人は誰か、などを把握し、適正なのかどうか、ポリシーを再度見直した方がよいのか、などレビューしながら最終化します。

このような職務権限のリストは、人事部門や監査部門などの関連部門と共有し、会社のグローバル・ポリシーからの逸脱がないかチェックすることも有効です。

(図8)支払権限者のリストの例

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そして承認ルールごとに、何段階の承認とし、それぞれをどのクラスの承認者に割り当てるか定義します。

(図9)承認レベル設定の例

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(図10)承認レベルと承認者割り当ての例

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(4)直接・自動化・統合支払機能

財務取引の実行プロセスをクラウドのTMSによってシステム化して、統制が効くようにします。ポイントは3点あります。

① データソースから直接、生データを連携すること

銀行取引明細であれば、銀行から直接TMSへデータを受信します。子会社のシステムは経由させません。子会社によるデータの加工を防ぐためです。

② 完全に自動化させること

従来の支払関連システムの開発では、費用面等の事情もあり性善説に則って手作業の業務プロセスを残す場合も見られました。しかし、不正が相次ぐ現在ではその考えはもはや成り立ちません。完全な自動化をめざすべきです。

多くの企業では、支払の申請から承認までのプロセスと、銀行へ送金指図を送るプロセスは分断されています。端的に言えば、大企業であっても、ERPで支払承認まで行い、そこから承認済み取引の支払ファイルをダウンロードして、銀行のインターネットバンキングやパソコンバンキング・ソフトに手でアップロードして送っている企業が大多数です。そして、支払ファイルはテキストファイルですので、誰でも容易に改竄できます。支払ファイルの送信承認者の横で送信者は改竄できます。電機メーカーB社の例では日本国内の社員が改竄を行いました。

③ 支払のプロセスを統合させること = STPをめざすこと

STP(ストレート・スルー・プロセッシング)とは元は証券用語ですが、ここでは、支払の申請から最後の支払ファイルの銀行送信と仕訳記帳までを、人手を介さず、全て電子的に行うことを指しています。単に自動化するだけでなく、統合させることがポイントです。

クラウドTMSを使って支払業務を自動化する場合、支払の申請から支払ファイルの銀行への送信までをTMSで行うこともできますが、ERPとTMSは別々に導入することが多いでしょう。それぞれ目的が違いますし、得手不得手があるからです。どちらにしてもポイントは、ERPとTMSとの間を人手を介さず完全自動連携とし、支払の申請状況と送信状況を一つの画面で確認できるようにし、支払ファイルを改竄できる余地をなくすことです。

多くの場合、ERP側での支払承認者と、支払ファイルの送信承認者及び送信者は異なります。支払の承認者には、銀行へ送金指図を送るところは見えていません。支払承認者は、承認締日までに承認することしか意識がなく、誰からも指摘されない限り支払日に支払われているだろうと思い込んでいるにすぎません。これでは。承認した内容が変わっていないことを担保できません。支払ファイルの送信承認者にとっても承認した内容で銀行に指図しているかわかりません。

銀行へ支払ファイルを送るプロセスは最も狙われやすいところで、企業から見ると最後の関門です。支払プロセスに携わる担当者も承認者も一つのプラットフォームで支払の状況と内容を確認できるようになっていることが極めて重要です。

とくに自動化とSTP化の部分は、多くの企業においてシステム対応費用の観点で犠牲にされてきたところです。しかしクラウドTMSにより、その連携コストが著しく下がった今、その障害は取り除かれました。万が一、グループの社員に数億円を横領された場合、調査報告書に「送金指図は手作業で行っていて、その担当者が書き換えていました」と書けるでしょうか。

(5)モニタリング

仕掛けに完璧はありませんから、日々の取引実行状況のモニタリングは欠かせません。

クラウドのTMSでは、全世界の財務データ全件が最新の状態で1つのデータベースで共有されているがゆえに、新興国も含めたモニタリングを行えます。

グローバル各社の資金移動や外部への振込のステータスについての全体を見て、必要に応じて当該会社に問い合わせて確認します。本社では全世界の支払の一覧を見ただけでは、その支払の是非はわからないことが多いでしょう。しかし、疑問に思った取引についてメールで問い合わせるだけでも、子会社にとっては大きな牽制になります。

(図11)支払状況のサマリーの例

下図は振込のステータス(承認待ち、修正中等)と送金元の子会社別のサマリーを示しています(表中の数字は、振込件数とその振込合計金額です)。必要があれば数字をダブルクリックするとドリルダウンして1件ずつの支払内容を照会できます。

この他にも、銀行別、口座別、日付別、通貨別などでも見て、異常なものがないか等モニタリングします。

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サマリー画面ではなく、個々の送金指図を一覧にして見る方が有効な時もあるでしょう。各振込の相手方、日付、金額、処理状況等を見ながら、必要に応じでダブルクリックして個々の振込内容を参照して確認します。
(図12) 支払取引を一覧した例。色(緑、赤等)がステータスを示しています。

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4.2.2. 発見的統制

事後に発見する方法としては、取引や入出金のデータをモニタリングすることが出発点になります。しかし、これでは想定外の取引で不正を実行されたときには気づきにくいという難点があります。そこでデータをブラックボックスとして見ることも必要になります。それがCAATと呼ばれる方法です。モニタリングというホワイトボックスアプローチと、CAATというブラックボックスアプローチの組み合わせで、不正を検知するのがよいと思われます。

(1) モニタリング(ホワイトボックスアプローチ)

ダッシュボートから毎日、異常と思われる取引を見つけて調査したり、担当者に照会する方法です。商流や取引の実際を理解している担当者が、時系列や横串の比較と自分の経験や知識に照らし合わせて不審な取引に着目するものです。毎日のように本社から取引に関する問い合わせを受けている外資系企業の日本法人の財務担当者は、不正をする気にはならないと言っているそうです。

① 取引

銀行の実際の入出金や財務取引をモニタリングします。たとえば不正の手口で多い架空売上を想定すると、売上がたち(入金予定がたち)、しかし入金がないというものについては、TMS上では、銀行の入金取引と消し込まれていない入金予定を抽出すると、そのような不正の取引も引っかかってきます。銀行取引実績は毎日更新されるので、内部監査、往査のサイクルに関係なく、随時子会社に照会して牽制を効かせることができます。

(図13)未収売掛金を一覧にした例。海外子会社の入金が遅れている売掛金を入金予定日ごとに一覧表示させたものです。必要があれば、各明細をドリルダウンすると明細の内容を確認できます。

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(図14) 財務取引の更新履歴をモニタリングする例。ある借入契約のデータの作成、変更の履歴を一覧にしました。個別の財務取引について、いつ誰が入力して、いつ誰がどの項目をどのように変更していったかの履歴がわかります。

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② ユーザー操作

ユーザーの操作もモニタリング対象です。深夜や休日の操作に気を付けたりします。また権限の設定漏れもあるかもしれません。時間帯や操作内容等をモニターします。

(図15) 全ユーザーが行った処理を一覧にした例。処理時間も表示されています。

ここでは、仕訳データを作ったり、振込データを作成してダウンロードしたことなどが確認できます。

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③ 業務やマスターの追加・変更

業務のテンプレートが変更されたり、ERPには登録されていない勘定科目や取引先を追加するなどコードやマスターテーブルが変更された時、その日時、担当者名などを一覧できます。

(図16) 業務テンプレートやコードに対する監査証跡を表示した例。上段が、業務テンプレートの変更(業務の変更)、下段が、コードの変更(マスターテーブルの変更)を示しています。

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(2)CAAT(ブラックボックスアプローチ)

CAATとは、Computer Assisted Audit Techniquesの略で、コンピュータ利用監査技法と訳されます。取引の生データ全件を対象に、一般的な不正のシナリオ、仮説をもとに統計的に分析して、異常値や非定型的なデータを抽出して精査し、必要な監査手続きを実行するものです。

データの抽出には仮説やシナリオが必要になりますが、その企業固有の業務や規定の観点よりはむしろ、一般的な観点から抽出、分析を試みるものです。例えば、「取引日は決済日と同じか前の日付である」とか、「通常時間外の取り消し行為は怪しい」、「月初1日の口座間の振替はカイティング(口座間の資金移動によって預金残高の不足を取り繕い、残高証明書の整合をとる行為)の可能性がある」、「承認が必要な金額をやや下回る金額には不正取引が紛れていることが多い」などというものです。

また統計的に、散布図を作って異常と思われる取引を抽出したり、偽りの数字を見破る方法としてベンフォード分析を用いたりします。ベンフォード分析とは、自然界にある大量のランダムなデータは、最初の桁には1が最も現れ、次の桁にはある頻度で2が最もよく現れるというように、一定の数字の出現頻度があるというものです。この法則と実際のデータを比べて、異常なパターンがないか探してみるという方法です。

CAATを行うには、CAAT専用ツールもありますが、スプレッドシートでも行えます。

従来のチェックに比べて、全件検査ができ、本社でいつでもチェックすることができるという点がポイントです。

モニタリングにしろ、CAATにしろ、「異常」とされたデータはあくまで、「正常」からはずれているということを語っているだけで、不正であるかどうかは、確認や調査が必要ですが、重要なのは、早期に発見することと、この活動を通じて現場に「見られている」という意識を植え付け牽制していくことです。

5. まとめ -リスク最前線に立つ財務部門

一般的に、財務部門は企業の組織の中では、営業部門がフロントとして顧客の最前線に立ち、その後ろにサービス部門(ミドルオフィス)、その後ろにバックオフィスとあり、財務部門はバックオフィスになり、最も顧客から遠いところに位置付けられます。しかし、本項で見たように、現在の企業は、一歩間違うと企業を瓦解させかねない不正リスクに直面しています。このリスクに相対する財務部門も、フロントで不正から企業を守っていると言えます。一部の先進的な企業では、このような考え方に立ち、財務部門を営業部門と並びフロントに立つ部門と位置づけ、不正に正面から立ち向かっています。

とはいえ、やみくもに財務部門のリソースを増やすことはできません。むしろ現行体制のまま、買収等により急拡大する事業をカバーしていくことが求められています。そうであるならば、ITの力を借りるほかはなく、内部統制の脆弱性を補いうるクラウドTMSを活用して、海外子会社の統制を強化してことが、現実的な解かと思われます。

クラウドTMSは極めて有効なツールですが、一般に一つの指標や方法で全てに対応できるものがないように、不正についても複数の方法を組み合わせてモニタリングすることが肝要です。例えば異常値がないとしても、少額の不正を継続的に積み重ねている場合は異常値とみなせるほど乖離しないためわかりません。モニタリングされていることを知っている不正実行者は、異常値が出ないように不正を実行するでしょう。「同じ方が却って怪しい」という不正の専門家もいます。モニタリングを複数の視点や方法で改善しながら継続的に地道に実行していくことが、不正リスク対応の近道ではないでしょうか。


このコンテンツは、トレジャリー・マネジメント・ハンドブックに収録されています。
(作成) 2016年
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