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急激な円安進行の環境下、トレジャリーによる PMI (ポスト・マージャー・インテグレーション) のススメ

By Maki Shimomura
Director, Treasury Advisory

急激な円安進行

2022 年 7 月 15 日に 1 ドル 139 円台と、24 年ぶりの円安水準に進行しているとのニュースがありました。春先から続く急激な円安進行について、様々な要因が報じられ、今後更に円安が進行するとの見方もあり、日本経済及び企業経営への影響が懸念されています。

また、先日、円安の影響は日本企業の海外 M&A にも影響を及ぼしているとの報道も目にしました。急激な円安が、国境を跨ぐ企業の合併・買収に影響する可能性が出てきたとのことです。ブルームバーグによると、2022 年の日本関連 M&A の総額は、2022 年 6 月 10 日時点で 2021 年同時期と比べて13% 減、件数ベースでは 17% 減と、ともに減少していることがわかります。同社記事内で、みずほ証券のコメントでは、「現時点では、クロスボーダー案件において、円安を理由にした見送りだと具体的に説明されている案件はあまりない」と指摘しつつも、「日本企業の海外企業買収が従来比スローなので、円安の影響もあるのではないか」として、一部で為替要因が顕在化している可能性にも言及されていました。

経営戦略のツールとしての M&A

日本企業においても欧米企業と同様に、M&A が経営戦略のツールとして浸透しています。戦略的投資資金枠を設け、中期経営計画で M&A への積極的な姿勢を表している企業も珍しくありません。ブルームバーグのデータが示すように、日本企業は海外事業の成長を、海外企業の買収を梃子にノンオーガニックグロースを目指す姿勢を続けてきました。

私にはこの先の為替相場の動向について予測することはできませんが、歴史的な円安が進行する中、多くの日本企業がクロスボーダー M&A の実行を見送るのではないかと考えます。円安の影響で買収価格が相対的に上昇し、かつ上昇した分のプレミアを買収対象企業の将来キャッシュフローで回収するにしても、VUCA の時代と言われる現在においては、その将来キャッシュフローの見通しの蓋然性が、買収実行時において見極めが難しい状況にあると考えられます(原料や資源・エネルギー高の価格転嫁の成否、サプライチェーンリスク等)。

そのような経営環境において、海外展開を進めてきた日本企業は、新規買収の継続ではなく、一旦立ち止まって、過去に買収した会社(以下、買収会社)に対して PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション、Post Merger Integration)が十分にできていないのであればその PMI にしっかりと取り組む良いタイミングではないかと思います。

PMI に取り組み、シナジーを発揮させ、新たにキャッシュフローを創出することができれば、そのキャッシュの日本への還流において、円安環境下では有利な地合いにあるとも言えます。

PMI においてトレジャリーは何をするべきか

ではそのPMIにおいて、トレジャリーは何をするべきか、大きなテーマとしては二つあると考えます。

一つ目は、既存のグループファイナンスやキャッシュプーリングのスキームに買収会社を参加させることです。購買・生産・販売等の領域でのPMIが進めば、買収した会社でも新たにキャッシュが創出されます。そのキャッシュを別々の財布で管理するのではなく、一つの財布で管理することで、世界的な金利上昇局面において、資金需要(特に外貨需要)に対する資金調達を金融機関に頼ることなく、グループの中で自由に使える成長資金が増え、トレジャリーがさらなる成長戦略の実現を支援できます。

二つ目は、買収会社への財務ガバナンスの強化です。これまでニュースで報じられている日本企業の不正事例を見ると、その多くが子会社や孫会社、それも海外の子会社や孫会社で起きています。つまり、不正リスクのエクスポージャーは、海外グループ会社にあるといってもおかしくないのです。これに加えて、買収会社は文化もDNAも異なることから、ガバナンスの強化の重要度は高いと言えます。買収後、現地の経営は現地に任せっぱなしにしていることが多く、そのため、本社の目が届きにくい買収会社は不正の温床になりやすいとも言えます。

トレジャリーによる統制

不正の影響は最終的にはおかしなキャッシュの動きに現れ、そのキャッシュを直接的に管理するトレジャリーによる統制が有効な防止策となります。具体的には、トレジャリーは不正が起こる機会を作らないための仕組み作りである予防的統制と、不正をいち早く発見し是正する発見的統制の両側面から、財務ガバナンス強化に向けての施策に取り組むべきであると考えます。

  • 発見的統制は、グループの資金ポジションの可視化やグループの資金予測の予実分析に取り組むことで不正によるおかしな資金の動きを速やかに検知することです。
  • 予防的統制は、そもそも不正な支払が行われないように、一人で資金を動かせないようなグループ会社の支払業務を統制することです。

従って、不正が起きる前にグループ会社の内部統制への取組みを急いで行う必要があります。対岸の火事とせず他社事例を参考にした再点検が必要です。

サステナビリティ経営における課題としてのガバナンス

現在、次の 10 年である 2030 年に向けて、サステナビリティ経営を目指した中長期ビジョンを立てられている企業が増えています。サステナビリティ経営をESGの視点でとらえたときに、日本企業がなかなかうまく対応できておらず、かつ多くの企業が課題に感じていることはガバナンスだと考えます。ガバナンスでも特に、グローバル・グループベースでの経営が加速する中で本社としてグループ会社をどうグリップするかが重要です。

急激な円安進行は、企業業績に様々な角度で影響を及していますが、トレジャリーにおいては、過去の買収案件でこれまで取り組めていなかった買収後のトレジャリー領域での PMI に取り組むべきタイミングが来たと言えます。

バリューエンジニアリングによる課題解決支援のご提案

最後に、今回取り上げたトピックを実行に移して成功させるには、戦略と目標を設定し、それらを具体的なオペレーションの計画と同時に取り組む必要があります。キリバのバリューエンジニアリングサービスは、グローバルのベストプラクティスをベースに、お客様の会社のトレジャリーオペレーションの現状分析と課題整理 〜 課題解決のソリューション構築 〜 投資対効果の試算・検証までを一貫してご支援し、成果につなげます。

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